【PartⅡ】大規模災害・戦争から作られ話題となったヴェネチアビエンナーレ受賞展示!「みんなの家」は、その後どうなったか――伊東豊雄・田中功起の出品内容と、被災地への影響! 投稿記事のヘッダー
 前の投稿記事でも言及した、千住博さんの芸術の定義について、さらに深く論じていきます。

ヴェネツィアで受賞した「みんなの家」は、その後どうなったか――伊東豊雄・田中功起の出品内容と、被災地への影響

はじめに

 東日本大震災の直後に、この2人がヴェネツィア・ビエンナーレでの受賞の実態を検証しましたね。2012年の国際建築展で日本館が最高賞を受賞した「みんなの家」プロジェクトです。

今回はもう一歩踏み込んで、

  1. 伊東豊雄さんは何を出品したのか
  2. 翌2013年に田中功起さんは何を出品したのか
  3. 展示のあと、実際の被災地(陸前高田)では何が起きたのか

を、確認できる記録に限ってたどります。

2012年:伊東豊雄が出品したもの(国際建築展・日本館)

 第13回ヴェネツィア・ビエンナーレ国際建築展(2012年)。日本館のコミッショナー(責任者)が伊東豊雄さんです。

 テーマは「Architecture. Possible Here? ― Home-for-All」(邦題「ここに、建築は、可能か」)。

 展示したのは、津波で街を失った陸前高田に建てた仮設集会所「みんなの家」の設計過程の記録でした。

 「みんなの家」は、伊東豊雄さんの呼びかけにより、建築家4人(伊東・乾久美子・藤本壮介・平田晃久)が共同設計し、陸前高田出身の写真家・畠山直哉さんも加わって、地元の人たちと話し合いながら建てたものです。津波の塩害で立ち枯れた気仙杉19本を柱に使い、中田英寿さんをはじめ、国内外の個人・団体の寄付によって建設されました。プロジェクト全体では、東北に16軒が建てられています。

 この日本館が、最高峰の「金獅子賞(最優秀国内参加賞)」を受賞しました。

 このプロジェクトの背景と意義をまとめた解説映像です。

 トップダウンで「与える」建築ではなく、コミュニティと共に「生み出す」建築への転換が語られています。

 翌2013年、田中功起さんが代表を務めたヴェネツィア・ビエンナーレ国際美術展の日本館では、伊東豊雄さんの展示で使われた丸太の柱やスツールなどの資材が、意図的に引き継がれて再利用されました。建築から美術へ、「震災と人々の協働」というテーマがバトンタッチされたという意図のようです。

2013年:田中功起が出品したもの(国際美術展・日本館)

 まず大事な確認をひとつ。この出品は2012年の建築展とは別の回(翌年の国際美術展)で、受賞も別々です。2012年は建築展の金獅子賞、2013年は美術展の特別表彰。この2つはよく混同されます。

 第55回ヴェネツィア・ビエンナーレ国際美術展(2013年)。

 日本館は田中功起さんの個展でした(キュレーター:蔵屋美香さん)。
タイトルは「abstract speaking - sharing uncertainty and collective acts」。
展示の中身は、こんな作品群です。

  • 「9人の理容師が同時に1人の髪を切る」
  • 「5人のピアニストが同時に1台のピアノを弾く」
  • 「5人の詩人が同時に1つの詩を書く」
  • 「5人の陶芸家が沈黙のまま1つの壺を作る」

 つまり、見知らぬ人たちが同時に一つのことを試みる過程を記録した映像です。加えて、非常食を食べながら自分の名前について語る、夜の道を懐中電灯を振って歩く、といった小さな実験の記録も並びました。

 だから、3.11を直接描いた作品ではありません。

 ただし、キュレーターの解説は、震災後の社会で「協働」とは何かを間接的に問う試みとして、この展示を説明しています。

 受賞は「特別表彰(Special Mention)」。

 表彰理由は「協働作業とその失敗に関する胸を突く省察に対して」でした。

 そして会場では、前年の2012年の建築展の日本館で使われた丸太の柱や展示台が部分的に再利用されました。「建築展から同じ震災というテーマを引き継ぐことの意義」という理由による、象徴的なつながりです。

策略と美学の狭間で――「小賢しさ」のコンテンポラリー・アートと、災禍の中に咲かせる『花』

戦術としての現代美術――田中功起とヴェネツィアの「小賢しさ」

 ミヅマアートギャラリーから独立した「青山|目黒」のギャラリーオーナーが、田中功起さんを精力的に売り出そうとしていた――それが、私が田中さんを意識しはじめたきっかけでした。(ただし、青山|目黒のオーナーがミヅマアートギャラリーの出身であることを裏づける資料は確認できませんでした。ここは私の記憶に基づく印象です。青山|目黒が2007年に現住所に移転し、オーナーが青山秀樹さんであることは確認できました。出典)

 東京造形大学美術科絵画専攻を2000年に卒業し、東京藝術大学大学院美術研究科修士課程を2005年に修了した田中さん。出典 当時の私には、曽根裕さんのように審査員受けする概念的な作品づくりに長けた、コンテンポラリー系の作家という印象でした。

 そうこうするうちに、2011年3月11日の東日本大震災が起こります。

 「次のヴェネツィア・ビエンナーレ日本館は、被災者とのコミュニケーションや共同作業、ボランティアとアーティストが何を残せるかというフィールドワークをテーマにし、賞を狙いにいくはずだ」――その予感は、確信へと変わりました。

 2013年の第55回ヴェネツィア・ビエンナーレ日本館の代表に選ばれたのは、田中功起さんでした。

 キュレーターは蔵屋美香さん(東京国立近代美術館)、展示タイトルは「abstract speaking - sharing uncertainty and collective acts(抽象的に話すこと ― 不確かなものの共有とコレクティブ・アクト)」、主催は国際交流基金です。出典

 僕は、絶対に賞を取りに行き、確実に獲れるだろうと確信しました。

 そして、日本館は特別表彰(Special Mention)を受賞しました。出典

 ギャラリーの後押しを受け、時代の要請(3.11)をすくい取った展示で結果を出した――国際展の審査基準を熟知した、狡猾とも言える戦略であり、必然の戦術だったと私は見ています。

 (もっとも、「ギャラリーの後押しが受賞に直結した」という因果関係は私の推測であって、確認された事実ではありません。また、展示そのものは震災を直接には扱っていません。出典)

 それでも同時に、「なんと小賢しいのだろう」という苦笑いに似た感情を、私は抑えることができませんでした。

 これは、他国のヴェネツィア出展者や関係者もそう感じていたでしょう。

 「まあ、当然だよね」と。

「村上隆を抜いてみせます」――若き野心とプロの現実

 田中さんの受賞後、田中さんについて調べる中で、私はある逸話を目にした記憶があります。

 かつて村上隆さんの展覧会パーティーの場で、田中功起さんが新日本プロレスの長州力や藤原喜明のような「問答無用のテロリスト」よろしく、村上さんに噛みついたというものです。

 「俺、村上さんを抜いてみせますから。近いうちに抜いてみせますから!」

 突然まくし立てられた常識人の村上さんは、

 「君は何をいきなりやってきて失礼じゃないか!」と諭したと言います。

 のちにヴェネツィアで受賞を果たした田中さんは、当時の自分の身の程知らずで大人げない行動について、直接謝罪した――とされています。

 これはネット記事で見た覚えがあるので、事実でなかったらごめんなさい。でも、たしかそうだったと記憶しています。

 そのうえで推測するなら、3.11の前から、ヴェネツィア出品への道筋はある程度見えていたのかもしれません。

 では、もし自分に「ヴェネツィアで日本代表として作品を作らないか」という話が来たら、どうするか。

 答えはひとつ――「引き受けますとも!」です。

 元プロ野球選手の張本勲さんは、生前、著書『最強打撃力 バットマンは数字で人格が決まる』で書いているとおり、メジャー挑戦について「それでも行きますわね。給料が10倍、15倍違うから」と語っていました。出典(張本さんは2026年9月9日に86歳で亡くなられました。出典 出典)

 ヴェネツィアで受賞すれば、その瞬間から世界のギャラリーやキュレーターからオファーが殺到し、作品価格は何倍、何十倍にも跳ね上がるのは間違いありません。

 しかし、問題は賞を獲るために、自分が本当に作りたいわけではない「政治的・社会的文脈に沿った作品」を作り続けることに耐えられるかどうかです。私の性格では、途中で投げ出してしまうかもしれません。それでも、何とか妥協点を探るでしょうね。

 やり遂げるにしてもヘトヘトになるか、コミッショナーやディレクターと怒鳴り合いの喧嘩になるか?

★【このシリーズの他のページ】

【PartⅠ】大規模災害・戦争から作られ話題となったヴェネチアビエンナーレ受賞展示!―「トラウマ・オリンピック」、そして国際美術展の現実!(ページへ!)

【PartⅢ】【瓦礫と戦場の中で、人は花を求める!】・・・大規模災害・戦争から作られ話題となったヴェネチアビエンナーレ受賞展示!(ページへ!)

【PartⅣ】仏教の悟りとは何か?・・・・大規模災害・戦争から作られ話題となったヴェネチアビエンナーレ受賞展示!(ページへ!)

主な出典

  • 国際交流基金「第13回ヴェネツィア・ビエンナーレ国際建築展 日本館(2012年・金獅子賞受賞)」:jpf.go.jp
  • 国際交流基金「第55回ヴェネツィア・ビエンナーレ国際美術展 日本館(2013年・特別表彰)」:jpf.go.jp
  • 2013年日本館キュレーター解説(蔵屋美香・PDF):2013.veneziabiennale-japanpavilion.jp
  • Home For All 公式ブログ(再建と寄付のお願い、2022年):home-for-all.org
  • 東海新報「みんなの家まちなかへ 6年越しの再建」(2022年9月1日):tohkaishimpo.com
  • 熊本県「みんなの家」移築利活用プロジェクト:pref.kumamoto.jp
  • 九州技報77号「熊本モデル」(84棟の記述):k-keikaku.or.jp
  • StoryNews 伊東豊雄インタビュー(東北16軒、2023年4月):storynews.jp
  • 政府広報オンライン 2017年11月号(みんなの家16軒):gov-online.go.jp
  • OPENERS「第13回ヴェネツィア・ビエンナーレ国際建築展 日本館」:openers.jp
  • ウィキペディア「ZERO LANDMINE」(リリース日・チャート・収益の行き先):ja.wikipedia.org
  • TBS「開局50周年記念・地雷ゼロキャンペーン」公式:tbs.co.jp、同・収支報告:tbs.co.jp/repo
  • TBS(ワーナーミュージック・ジャパンから約1億円の寄付目録):tbs.co.jp/info_m
  • AAR Japan[難民を助ける会]「モザンビークで『地雷ゼロ』を達成しました」(2015年):aarjapan.gr.jp
  • BARKS(TBS開局50周年特別企画『地雷ZERO 21世紀最初の祈り』放送情報):barks.jp
  • 外務省「地雷問題・対人地雷禁止条約(オタワ条約)の概要」:mofa.go.jp、同(日本の署名・批准):disarm.emb-japan.go.jp
  • Landmine Monitor 2025(2024年の死傷者6,279人・使用国):icblcmc.org、the-monitor.org
  • 国別の被害内訳(ミャンマー2,029人ほか):ヒューマン&インクルーシブ
  • Human Rights Watch「Five European States Withdraw from Mine Ban Treaty」(2025年):hrw.org
  • 英国議会研究資料(2025年3月18日、エストニアなどが離脱を表明):commonslibrary.parliament.uk
  • Landmine Monitor(フィンランド、2025年4月1日に離脱準備を発表):the-monitor.org

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