6年の機密解禁 -「楽譜を絵画に翻訳する物理的法則」は300年史のエポックメイキングだ!
音楽は本当に抽象なのか?絵画にすると抽象画なのか?
いいえ、調性音楽は具象画だったのです。
今回、私、横田昌彦は6年前に東京画廊・山本豊津代表にだけ銀座で公開説明し、6年間機密として封印してきた私の核心理論の一つ『楽譜を絵画に翻訳する物理的法則』を、このたび4本の連載記事として全面公開しました。
画面上の最新情報に全て掲載されています。
全面公開に踏み切った理由は以下の通りです。
- 物理などの新理論や発見は特許を取れない。
- 6年間で、10枚以上のこの法則を利用した大画面のパステル画を制作しストックできたこと。
- ただ発見しましたでは、皆様に多くの場合結局信用してもらえなかったこと。
さて、この横田理論がなぜエポックメイキングなのか?それはニュートン1704年以来、300年間誰も解けなかった「大問題」を解いたからです。
記事作成に参考にした歴史総括の一次資料はこちら『ヨルグ・ジェワン スキー著 カーラーオルガン』です!
◆ヨルグ・ジェワン スキーはこの論文でこう述べています!
[A major problem of all color organs introduced until now, was that they lacked the possibility to design forms artistically.」<翻訳>作られたカラーオルガンはどれも点光源をオンオフするだけで、芸術的な形、ましてや作曲者が思いうかべた風景や人体のボディラインを一目で表示できなかった。これが最大の課題として残り続けてきました。
その300年史を、プログラムと出力例で検証した4記事を、ぜひ順番にお読みください。
① 第一の解禁 - 法則とPythonプログラム全文公開
『音楽と絵画翻訳する法則ついに6年の機密を解禁!』(掲載記事1)
私の4つの法則の全貌です。
- 音階=光のスペクトル ド=赤〜シ=紫、オクターブで明るくなる
- 主調音=画面を支配する主調色 ハ長調は赤が支配、ロ長調は青が支配
- 高さ=Y軸、時間=X軸、音色=質感、トランペット=黄、下は暗く上は白く
- リズム=メロディの長短、和音=三色の色彩和音
坂本龍一『ラストエンペラー』と大瀧詠一『カナリヤ諸島にて』を翻訳するPythonプログラムを全文公開。実行するとヘッダー画像のように紫禁城・桂林・リゾートの風景が自動生成されます。誰でもIDLEにコピペで再現できます。
② 第二の証明 - 色彩の和音は天才たちが使っていた!
『色彩の和音が実際に使用されている絵画の例。梅原龍三郎の富士山!』(掲載記事2)
Cメジャー=赤黄緑、Dm=朱黄緑青という私の色彩和音が、国民画家・梅原龍三郎の《富士山》の連山と雲で、新聞が「場外満塁ホームラン」と絶賛したあの配色そのものだったことを画像で証明。
さらにマティス《赤のハーモニー》《緑のすじのあるマティス夫人の肖像》も同じCメジャーとDmで描かれていたことを解明。
マティス自身が「色が音楽の和音のように調和しなくてはいけない。音楽でできることを絵でできない訳はない」と著書『ある画家のノート』で述べていた先を、私がコード理論として完成させました。
③ 第三の検証 - 先行研究の歴史と革新性の徹底比較
『私の「楽譜を絵画に翻訳する物理的法則」の先行研究の歴史と、私の理論の革新性と価値の検証』(掲載記事3)
ニュートンの著書Opticksにある音と色彩の対応表から示唆を得てクリューガー1743年、ブラヴァツキーが1888に横田理論と同じスぺクトラムと音の対応表を提唱して、さらに1オクターブあがると色が明るくなることも含めてアリオンが1919年に対応表を確立。
そして、近年の音と絵画を対応させるオルガンなどのパフォーマスには以下のようなものがありました。
- 岩井俊雄《映像装置としてのピアノ》
- 岩井×坂本龍一《Music Plays Images x Images Play Music》
- 坂本龍一+Dumb Type 2022
- Chapman大学2022 Project Metamorphosis
一次資料で300年を精査。3つの日本を代表する試みとChapmanの試作が、いずれも「リアルタイムに音を色の点で表示する」に留まり、主調=支配色、和音=色彩和音、音色=質感、リズム=周期という構造対応がなく、印象・感覚・恣意性・想像の介入が多量に含まれていたため、具象が一目で浮かばなかったことを証明しました。
④ 第四の象徴 - 300年続いた“いかなる形・イメージも作れなかった問題”の象徴、リミントン
『300年続いた“形が作れない問題”の象徴として・・・スペクトラム対応表を採用したリミントンのカラーピアノ!』(掲載記事4)
1895年ロンドンで発表されたリミントンのカラーオルガン。
アーク放電とプリズムで色を出し、鍵盤でスクリーンに色の和音を映す、スペクトル対応表を使った最初の本格的装置でした。
しかし出力は純粋な色の光のショーだけで、形は一切なし。「色彩は形態の束縛から解放されるべき」と形を捨てる思想だったのです。
ここに300年の限界の象徴があります。
私の理論は、この時間の経過とともに色のついた光を投影することから、時間の経過を無視して、楽譜を絵画に変換すると誰が見ても同じ具象物のイメージ、紫禁城や桂林、女性の身体や南国ビーチの繰り返し押し寄せる波などのシルエットが自動生成される法則に到達しました。
これはあたかもポアンカレの位相幾何学発見のような革新理論=イノベーションである!
ポアンカレが「数学とは異なるものを同じと見なす技術」と言ったように、異なるものを同じ法則で見なした時、イノベーションは起こります。
音楽と絵画は別物という思い込みを、物理的法則で結合したのが私の理論です。抽象画家の多くが「音楽は抽象だ」という思い込みで点・線・面をなんとなく置いていた時代は終わりました。
ぜひ4記事を通読し、あなたの耳で聴いているあの曲が、どんな風景だったのかを、ご自身のPCで確かめてください。
日本を代表するトップギャラリー、東京画廊の山本代表から村上隆に匹敵する才能と実力を持った画家と評価されています!
東京画廊は、世界最高峰と言われ選ばれし世界のトップギャラリーベスト300が集うアートフェア(美術品即売会)アート・バーゼルにここ数年、タカイシイギャラリーと並んで連続して唯一選ばれている日本を代表する商業画廊です。
『アート・バーゼル』に出展できるギャラリーは自動車レースで言えば、メルセデス・ベンツやフェラーリのようなF1参戦自動車メーカーに例えられるでしょう。
いわば東京画廊はホンダのような存在です。
例えば、ここ30年世界のトップに君臨してきたガゴシアンギャラリー。
その主要契約アーティストとして名を連ねる村上隆や奈良美智はミハエル・シューマッハやアイルトンセナのようなF1ドライバーといって良いでしょう。
その東京画廊の山本豊津代表からここ数年、日本を代表する現代美術家、村上隆に匹敵する才能と実力の持主と評価されてきたのが私横田昌彦です。
この評価については、2023年8月7日に東京画廊を尋ね、1時間半に及ぶ対談で「村上隆に匹敵する才能と実力の持主ということは本当の事なので、どのメディアやどの人に私がそう太鼓判を押していると公言して何の支障もないよ!」というお墨付きをいただいております。
では、なぜ私は東京画廊の契約画家ではないのか?
芸術とは何かが分かる! 2026年4月1日開講!YOKOTAアートスクール内容のご紹介です!
2026年度4月1日より、私、横田昌彦はかねてから計画してきたオンラインアートスクールを新規開講いたしました。
横田昌彦アートスクールはこのような方のご要望にお応えるするスクールです。
以前より、横田昌彦のメールマガジンにご登録いただいた方から、登録理由として『現代美術や世界の美術史、美術理論をマスターしたい!』という方が多くいらっしゃいました。
また、以前より美術家のネットマーケティングに日本で随一に詳しい、私もお世話になっているJIN画家さんのオンラインアートスクールが非常に好評で、私もそれにならったオンラインスクールを作りたいという希望を持っていました。
さらに、私も60歳を過ぎ、今まで蓄積した美術への知見や制作ノウハウ、画商や業界関係者とのアポイントメントの取り方や交渉スキルなどを自分だけが身に着けて墓場に持っていくよりも、そのノウハウが血を滲むような努力の末に得た貴重なものだから、是非、後継となる人に伝えたい。後継者を育てたい!といいう思いが強くあります。
ご興味ある方は『YOKOTAオンラインアートスクール』のページをご覧下さい!
村上隆ってどんな画家なのでしょうか?
村上隆さんは私横田昌彦とほぼ同い年の画家で、入試倍率が高い事、合格が難かしいことで知られて来た東京芸術大学美術学部日本語学科卒で、同大学美術学部博士号取得第1号の、日本美術界のエリート中のエリートです。
東京芸大在学中にニュヨーク留学し、西洋美術の世界に世界的ブームとなっていた日本の漫画、アニメを結合してイノベーション(革新)を起こし、ここ30年、欧米の美術界でトップクラスの評価と作品販売実績を挙げて来たアーティストです。
村上隆とともに、やはり西洋美術の世界に日本の漫画、アニメを結合してイノベーション(革新)を起こしたことで同じぐらいに評価されている現代美術家に奈良美智さんがいます。
詳しくはこちらのページをご覧ください。
『村上隆の現代美術・アート作品はなぜ欧米で高く評価されたのか?村上隆アート作品の価値を世界一分かりやすく解説します』
日本を代表する世界的な商業画廊、東京画廊とはどんなギャラリーなのか?どこが凄いのか?
まず、商業画廊とは何か?についてご説明しましょう。商業画廊とは、画家の代理人として絵画や彫刻を販売する代理店です。
歴史的に有名な商業画廊(ギャラリー)、画廊主・画商(ギャラリスト)にはセザンヌ、ドガ、ゴッホ、ルノアール、ピカソを見いだして売り出したアンブロワーズ・ヴォラール。同じくピカソと関係が深く、ピカソとともに有名なキュビズムを発明したジョルジュ・ブラックを支援し、世界で初めてキュビズムの展覧会を開いたカーンワイラー。
フランク・ステラやロバート・ラウシェンバーグ、ジャスパージョーンズなど戦後アメリカのスター・アーティストを見いだし売り出したレオ・キャステリー。
その弟子で、レオ・キャステリーで修行して独立し、この20年世界のトップアーティストとして君臨してきたイギリスのダミアンハーストや村上隆、奈良美智の契約画商で、世界の頂点に君臨してきたラリー・ガゴシアンなどがいます。
大胆にいうと、東京画廊はガゴシアンやその新興のライバルであるハウザー&ワース、デビッド・ツヴィルナー、来春に東京支店ができるペースなどの世界に支店を持つこれらメガギャラリーの次に位置する、タカイシイギャラリーと並ぶ日本代表のギャラリーであるといって良いでしょう。
私が発見した音楽の絵画への翻訳法則は時代を画するイノベーションです!
良いアイデアとは『数学とは異なるものを同じものとみなす技術である』と大数学者ポアンカレが言ったように、それまで異質で無関係と思われていたものの間に共通の法則を見つけ出して結合したものというのが定石ですね。
このような良いアイデアをイノベーション=革新と呼び、イノベーションを起こす人間をイノベータと呼びます。
良いアイデアとは異質なものの新しい組み合わせ
私は若い頃ある日本の著名な画廊主に
「どうして絵画に音楽を結合させようと思うの?僕なら絵が好きなら絵だけを観るな!音楽が好きなら音楽を聴けばいいではいいじゃない?」
と問われ、若かった私はその時何も反論できませんでした。
しかし、この問いこそ決定的なものです。
SMAE札幌現代アーティスト交流会への参加・投稿をお待ちしています!(2026年3月13日募集開始)
横田昌彦です。私の発見した音楽を絵画に翻訳する法則をはじめ、世界レベルの評価を目指す中で、地元北海道のアーティスト同士の交流が薄いことに気づきました。
そこで立ち上げたのが『SMAE 札幌現代アーティスト交流会』です。
東京画廊・山本豊津代表からも長年「団体を作ってグループの力を活かせ」と勧められてきたこの交流会は、情報交換・人脈作り・共同展・ZOOMミーティングを通じて、互いに刺激し合い、札幌を極東のアート拠点に押し上げることを目標にしています。
- 世界基準の切磋琢磨(狭い内輪褒め合いではありません)
- 私の東京業界情報共有+ノウハウの一部直接継承(秘すれば花の精神で)
- あなたの海外経験や知見を学び、完全WIN-WINの関係に
今すぐ参加・投稿を!
気軽に「参加希望」「興味あり」のコメントやお問い合わせを!
一緒に北海道から世界へ打って出ましょう♪
横田昌彦 2026年3月更新
美術作品は静物のように動かないものという思い込み
今までは、ほとんどの人が絵画はアニメや映画、メカニカルな彫刻・機械を除いて美術作品は動かないもの、正面から一点を見つめるもの。と思い込まされていました。
例えば奈良美智の作品やモナ・リザは動きの表現がほとんどありません。
中央に人物が静止しています。
そしてそのことを皆それで良いと思い、誰も疑問をもたなかったのです。
私は『芸術とは何か?』をはっきりと解明した最初の人間です
多くの美学や芸術の専門書も読みましたが『芸術とは何か?』について、ほとんど誰も核心を射るように答えられた者はいないと思います。
では芸術とは何か?
芸術とは「何かの表現」です。
私は絵画の音楽状態をめざし、音楽を絵画に翻訳する法則を発見しました
抽象画の創始者は誰か?これまではワシリー・カンディンスキーとされましたが、最近はそれ以前に女性画家、ヒルマ・アフ・クリントがユング心理学でいう無意識の象徴的表現のような抽象画を描いていたことが分かってきています。
そう考えると、チベット仏教のマンダラも抽象画であり、縄文土器や土偶も抽象画であり、はるか昔から人間は抽象画を描いていた訳です。
私は世界でほぼ随一のパステル画家
パステルで大きな作品を描く画家は世界でみてもごく稀です。
現在では多くの画家が耐久性にも優れるアクリル絵具で制作しています。
歴史的にみてもパステル画の巨匠はオディロン・ルドンとエドガー・ド、それにファンタン=ラトゥールくらいで極めて少ないです。
という事は、「私は現代を代表するパステル画家である」と名乗ってよいでしょう。
私はルドンの生まれ変わり
『レオナルド・ダヴィンチ 礼讃 Ⅱ』のビジョンと、大学生時代にルドンの描いたオアンネスが突然夢の中に現れ、カンディンスキーの抽象画のような色盲判定の冊子のような画集を投げつけて来る夢を視てから、私は自分がルドンの生まれ変わりであると確信するようになりました。
「眼に快いものが何もない荒涼とした土地では、想像によって何か眼に心地よいものを作る必要があった」
という憂鬱な若い頃を過ごしたこともそっくりです。
では、なぜ私は北海道に生まれ変わったのか?
なぜ1枚の絵画が時に驚くほど高額になるのか?
膨大な試行錯誤と努力によって身に付けた思想や技術、ノウハウによって制作されているからです。
ピカソがレストランで、ある客に絵を描いてほしいと言われ、紙にさらさらと描いて「はい200万円!」と請求し、「なんでそんなに高いの?」と驚いた客に「この絵を描くには長年にわたるもの凄い修練が必要だったからだ。」と言ったのも同じ意味ですね。
私が1枚の絵を描くために呼んだ本や資料は膨大な量で、現在のアトリエにある本もギリギリまで冊数を絞って収納しています。
大学生時代は、マチス、カンディンスキー、クレーなどの画集や評論、解説本、さらにユング心理学や構造主義などの現代思想、ヤスパースや現代の精神医学の本、フランス文学・イギリス文学・ドイツ文学、宗教学、あらゆる仏教関係の本、易経や老荘思想などの中国文学、経済・経営や科学史関係の本など、数多くの分野の本を書店に行って、購入できる金額のものは全て購入したので、下宿の4畳半はこれらの本がうず高く積まれ、かろうじて確保したスペースに布団を引いて寝るため、横になったとたんに一斉に日本の山が崩れて来て、頭にきて無茶苦茶に踊って怒りを鎮めることが何度もありました。
中心となるユング心理学とゲーテのファウスト的な人生観
大学時代から読んだ本の中で自己を形成する上で中心となったのは精神分析で、特にユング心理学でした。
ユング心理学を知ったのは筒井康隆好きの友人に筒井の本を紹介されたことと、横尾忠則がユングに一時期傾倒していたからです。
私は大学時代に、大学を退学したくて小説家を目指して3部作の小説を書きました。
これは私の死後に公開しようと思っていますが、題名は『悪女・恋人・女神』というもので、書き終えてしばらくして、この本の内容がユングのアニマ理論と完全に一致する事と、ストーリーがゲーテのファウストに非常によく似ている事が分かりました。







