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近代絵画の4つの基準でジュリアン・シュナーベルを再考する

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 前回の記事では東京画廊、山本豊津代表の『近代絵画の4つの基準』について解説しましたが、言及したのがアートではないトロフィーハンターについてだったので、今回は実際のアート作品の評価をこの基準で評価してみましょう。
 取り上げるのはジュリアン・シュナーベルの初期作品です。

 この作品の題名は『ST. FRANCIS IN ECSTAS(法悦の聖フランチェスカ)

 ジュリアン・シュナーベルがデビューした1980年初頭の欧米のアート業界は、ドナルド・ジャッドなどのミニマリズムが優勢で、いわば袋小路に入りこんだ状況でした。
 当然ながらアーティスト志望者に「絵を描きたい、具象画を描きたい」という欲求が膨れ上がっていた状況だったと思います。
 誰もが暗黙の了解で「次は具象画が流行るよね」という雰囲気でした。

 レオ・キャステリ(注1)によれば「はっきり言って、私は70年代のアートに退屈しきっていた。ポップアートが出てきた時のあの熱気は、もうニューヨークのどこにも感じ取れなくなっていた。」(この時の状況の詳細はこちらをご覧ください)
(注2)という状況でした。

 当時大学生だった私は『美術手帖 1995年 5月号 特集 ジュリアン・シュナーベル』で、シュナーベルがニューヨークのアート業界で「遂にピカソの再来現る」と騒がれているが、作品の評価は2分しており賛否両論に分かれて、ニューヨークのカフェやレストランでも激論になっていることを知りました。

 伊藤順二さん(千住 博がベネチィア・ビエンナーレで受賞した時の日本館コミッショナー)やレオ・キャステリのように

◆「彼の作品は予想をはるかに超えて凄まじいものであると同時に、20世紀美術に一つの集大成を与えた

と熱狂的な賛辞を贈るものと、

グレース・グルッグ(『ニューヨーク・タイムズ』の著名な美術担当記者)のように

◆「彼はレオ・キャステリの作り出したスターよ。それ以外の何物でもないわ

という人もいました。(注3)

 美術手帖に掲載されていた作品見た私の感想は、「とにかくサイズのデカい作品のようだが、これがピカソの再来か?そんなわけ無いだろう」というものでした。

 確か本人は数年前に

「画面に皿を貼り付けるスタイルはサグラダ・ファミリアの食堂に行ったときに壁を観て思い浮かんだんだ。当時は色んな事に行き詰まってうんざりしており、破れかぶれで描いたんだ」

 と言っていたように思います。

 ジュリアン・シュナーベルはイタリアの3C(フランチェスコ・クレメンテ、エンツォ・クッキ、サンドロ・キア)とともに新表現主義の旗手と呼ばれ、デビューから数年間は大変な評判を得たのですが、あまり詳しくはないのですが3Cの一人を抜かして、数年で彼らはスターの地位から落ちていったとネットの記事で読んだ記憶があります。

 特にシュナーベル人気は1982年から1984年をピークと見る人もいて(参考文献)、現在シュナーベルは『バスキア』や『潜水服は蝶の夢を見る』などの美しい映像の映画作品を製作。画家としてより生来の美的センスを生かした映画監督として活躍しているようです。

 新表現主義はその数年後に来るエリザベス・ベイトンピーター・トイグなどのニューペインティング・新具象画と呼ばれた本格的な具象画の復活のお膳立てだったのではないでしょうか?

 「君、我慢しないで絵を描きたまえ。具象画を書いていいんだよ!」
 
 というメッセージです。

 それがニューペインティングになると

好きなものを好きなように、あなたが思うように描いていいんだよ!

というメッセージに変わったのだと思います。

シュナーベルの作品を4つの基準で評価しよう

 それではシュナーベルの作品を4つの基準で考察してみましょう。

マテリアル・・・この作品は平面では無いですね。
 シュナーベルのこの時期の作品は厚さ十数センチの石膏に陶片やプラスチックの籠を初めとする日常の屑、鹿の皮、毛皮、ベルベットなど様々なものが埋め込まれたり貼られていたりします。(注4)
 この重厚感が鑑賞者に物質の存在感、迫力、画家の創造へのエネルギーを感じさせます。
 「お待たせしました。皆さん熱望の絵です。ガッチリとした絵そのものです。あなたが手に触れる事のできる物です」と言いたいのでしょうか?
 
コラージュ・・・陶片やプラスチックの籠などを貼り付ける。
 これはまさにコラージュそのものですね。さらに、この皿は発掘された化石や貝塚を思わせます。

「原始時代にも人間は絵を描いていたのですよ」とか

「お待たせしました。我々が取り戻すべきは絵を描きたいという原始的な衝動ではないですか?そして貝塚が当時の文化を知る上で重要な資料なように、絵画はその時代に新たな文化を付け加えるものなのです」

とでも言いたいのでしょうか?

装飾・・・モチーフはあるのか無いのか?この人物は聖フランチェスカだそうだがそれに何か意味があるのか?それとも絵を描くためのにたまたま選んだ口実なのか?
 聖フランチェスカは聖人ですし、背景は砂漠のような中東のような感じなので、
もしかしてシュナーベルはユダヤ人なのではないか?
 と思って調べてみたら案の定ウィキペディアにユダヤ系アメリカ人と書いてあります。
 つまり「自分の出自とその伝統はきちんと踏まえてますよ」という事でしょう。
 
 さらに、アート業界ではその資本力ゆえにかユダヤ系の人間が大きな影響力を持つといわれているので、このことは作品を高値で売ることに大いに有利に働くでしょう。

抽象・・・この作品は純粋な抽象ではない、具象画です。
 しかし、写実表現ではありません。
 山本豊津さんは「近代人は間接的な体験によって記憶が構成され、これによって抽象的な思考となり、アーティストたちの表現も抽象化したのではないでしょうか。2000年以降の表現に抽象絵画が激減して具象的表現が増えた理由を考えて下さい。」といっています。

 還元主義といってマチス以降「絵画は絵画のみが実現できる要素に還元されるべきであり、それ以外の要素は副次的なもので排除すべき」という観念が流行ります。

 その行き着いた先がミニマル・アートでした。

 シュナーベルの作品は抽象を残しつつ具象画として成立しているものです。
 これはちょうどいい具合の絶妙な塩加減、絶妙な抽象度です。

 この頃の新表現主義の画家は皆、抽象的な線の具象画を描いています。

実に巧妙に4つの基準に収まるように制作されたシュナーベルの作品

  今まで考察した分かったように、シュナーベルの作品は、実に巧妙・絶妙にに4つの基準に収まるように制作されています。

 村上隆などがいう欧米のモダンアートの文脈・コンテクスト・ルールに従っていて外しているところが一つもない。
 だからこそ、メアリー・ブーンが売り出すことで爆発的に売れたのでしょう

なぜ数年で一気に人気が落ちていったのか?

 この事情については私は全然詳しくないのです。実際のところ、ジュリアン・シュナーベルや3Cが今アート業界でどれくらいの地位でどのような活躍をしているかの正確なところは私には分かりません。

 昨年「そういえばあれだけ騒がれたジュリアン・シュナーベルってどうしているのだろう」とネットで探してみたら見事なまでに彼が画家として活躍しているという情報が無い。
 気が付いたら彼はむしろ映画監督として活躍をしている事を知ったのです。

 評価が落ちた原因をネットで調べてみると、メアリー・ブーンなどのギャラリストの商業主義が目に余ったという情報があります。
  
バスキア 写真 しかし、同じメアリー・ブーンがスカウトして専属となった新表現主義の画家の中で、私の好きなデビッド・サーレは生き残って今でもメアリー・ブーンギャラリーと契約して活躍しており、早逝したバスキアはZOZOTOWNの前澤友介社長が132億円で作品を落札して話題になったようにここ数年高値で取引されています。
 
 新表現主義の画家と、ニューペインティングの画家には明確な違いが1点あると思います。
 ニューペインティングの画家の作品には分かりやすい主題・モチーフがあるという事です。
 デビッド・サーレの作品には『とんち』のような『なぞかけ』のような仕掛けがあり、その答を推測するのはそれほど難しくありません。

 バスキアについてアーティストの宇佐美圭司が「現代美術は行き詰まっている。バスキアの作品を見ると、こんなものしか残っていないのか。こんなところから新たに出発するのかと思い絶望的になる」(注5)と著書でいっていて、私がその本を読んだ当時のバスキアの作品への感想もまったく同じでした。

鴨居怜の画像 今のバスキアの高額落札をみるに、バスキアはアメリカ版の鴨居怜なのではないかと思うのです。以前、日動画廊で鴨居怜のこちらの実物を見せていただき社員の方に詳しい説明を聞いた事があるのですが、

私「誰が買うのですか?」

社員「大企業の重役とか社長とかが多いですね。自室に飾ったり重役室の別室に隠していて、夜ひっそりとじ~~~っと観るんだそうです。」

私「ではこの絵はその人達の自画像なんですか?」

社員「そうでしょうね。そういう人が多いんですよ。自分の本当の姿はこれだという事でしょうねえ」

 バスキアを高額で購入する資産家もまた同じように自己評価が低く病んでいるのかもしれません。バスキアのように薬物で苦しんでいる人もけっこうな数いるのかもしれません。

 いずれにしてもこれらの画家の作品には、はっきりした意味が読み取れます。

 それがシュナーベルやクッキ、クレメンテとなると主題と意味があるような、無いような。作品の価値が分かったと思った直後にその認識が手からすり抜けていくような感覚

 だからこそ「シュナーベルの作品をどう思う?価値があると思うか?」と最初から大論争になったのだと思います。
 

 
注1 レオ・キャステリは、ロバート・ラウシェンバーグやジャスパー・ジョーンズ、フランク・ステラの傑作を世に送り出した名画商

注2 現在美術 伊藤順二著 PARCO出版 p58

注3 現在美術 伊藤順二著 PARCO出版 p59

注4 現在美術 伊藤順二著 PARCO出版 p63

注5 20世紀美術 宇佐美圭司 岩波新書

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