My History 2 (私の人生での絵に関する逸話) 私にはもう絵しか残っていないから、実現せねばならぬ』 ポール・セザンヌ【Anecdotes in my life No1】 2021年3月3日 後期印象派の画家、ポール・セザンヌは、若い頃から画家をめざすも画壇からは無視され、ようやく50代の後半に、後にピカソをも見出した画商アンブロワーズ・ヴォラールがピサロの助言で企画展を開いたことなどから、急激に世界的な名声を得ていきます。 彼のこの謎めいた言葉は 「私の古里南仏、エクス=アン=プロヴァンスのサントヴィク... 白いハヤブサ
My History (私の履歴書) 加速度的に滅びていく地球で、私はまだ人事を尽くしていない。【My History No11】 2021年3月1日 今、加速度的に滅びていく地球と多発する紛争や難民。どんどん脅かされる自由と民主主義。 その事に異を唱えず無関心なアーティストは、アーティストとして価値が無いでしょう。と思います。 どんな名声も金銭も、地球が崩壊してしまっては何の意味もないように思います。 歴史を振り返れば、ピカソ、カンディンスキー、クレー、ジョン・レ... 白いハヤブサ
My History (私の履歴書) 『ハングリーであれ!』 今、ステーィブ・ジョブズのように全ての点が繋がり面となった。【My History No10】 2021年3月1日 ネットでの販売、あるいは新しい形のアートビジネスを考案・実行するためのスキルが私には全てそろっています。 大学時代に半ば強制的にプログラミングを学ばされた事が、その後プログラミング教育を職業とする事に繋がりました。 しかも現在私はプロのWEBディレクター・WEBデザイナーであり、AdobeやPainterなどの描... 白いハヤブサ
My History (私の履歴書) リーマンショックで制作を一時中断【My History No9】 2021年3月1日 東京画廊の山本さんには、その時にパステル画を精力的に制作し、描き貯めて、また写真を観せに東京に行く約束したのですが、その後リーマンショックが起こります。 政府が大々的に社会人への職業訓練を行ったため、経営していたプログラミングスクールもそちらに生徒さんが流れたこともあって職業訓練を受託せざるえなくなり、そちらにつきっき... 白いハヤブサ