これまでの連載にて『現代美術・アートとその価値は何か?』について解説してきました。

 今回は、日本ではいつも作品の価値に賛否両論がでる村上隆が、なぜ欧米で高く評価されるのかを解説したいと思います。

欧米の現代美術・アート作品の評価基準はイノベーション・革新性である

 ずばり、村上隆が欧米で高く評価される理由は欧米アートの歴史に日本のアニメ文化を結合させたからです。

 これは奈良美智も同じです。

 以前、NHKの放送で村上隆が

 「私はピカソと同じ事をやったのだ!」

 と言っていましたが、それはこの事を言っているのです。

 欧米、特にアメリカは起業文化であり、発明・発見を高く評価する国です。

 ですから、アートも評価基準は

 『いかなる新たなイノベーション・革新をもたらしたか?』なのです。

 イノベーションは、元々は経済学者のシュンペーターが唱えた概念で、時代と社会を変える画期的なアイデア・発明・発見のことです。

近年ならスマホ、SNSなどですね。

イノベーションは「それまで異分野であると思われていたものの新たなる組み合わせ」です。

村上隆と奈良美智は欧米の美術にアクリル絵具で日本のアニメーションを新たに組み合わせたのです。

 世界の画廊の地位は、バーゼル・マイアミ・サンパウロのアートフェアに出品できるかどうかで来まります。

 日本からは東京画廊・タカ・イシイギャラリーなど合計3~5ぐらいの画廊しか参加できません。

 特に毎回常連なのは東京画廊・タカ・イシイギャラリーしかないと思います。

榎倉康二 無題
榎倉康二 無題 

 その東京画廊の山本豊津代表が3年ほど前に話してくれたのですが、山本さんはマイアミ・アートフェアで

 「東京画廊の作品が、一番色が地味ですね。本当に地味な色です」

 と主催者に言われたそうです。

 「本当に、人と違っていること。そこにしか無いオンリーワンを評価する文化なんですよね」

 と山本さんはいいます。(写真は東京画廊取扱い作家 榎倉康二の作品)

 世界のアート業界でトップに君臨するガゴシアンギャラリー

 ここの取扱いアーティストのメンバーを見れば、ほぼ西洋美術史上での革新性でのみ選んでいることがわかります。

それでも村上隆の作品はアニメとみても質は高くないと思う方へ。それは欧米の業界人に媚びているからかも

村上隆作品 S.M.P.Ko2
村上隆作品 S.M.P.Ko2

 それでも、アニメ王国の日本人から、特にオタクからみると村上隆の作品はアニメ作品としてはクオリティーが低い。

 村上のフィギア制作を最初に請け負った『海洋堂』の宮脇修社長が

 「村上さん・・・このうちのフィギアのでれが一番良いですか?・・これ?・・・駄目だ。何も分かっていない」

 といったと村上隆は『芸術起業論』で書いていますが、私もそう思います。

 これはエヴァンゲリオンの、綾波レイの等身大フィギアと村上の綾波レイのパクリであろう『S.M.T.P.Ko2』『ヒロポンちゃん』を比較してみると、後者はどうにも冴えない出来です。

 ピュアな切れ味や鋭い線の美しさ、形の美しさがないですよね。

 例えばミュッシャのリトグラフのような。

 宮脇修社長が著書の『創るモノは夜空にきらめく星の数ほど無限にある』(講談社)でいうように村上隆は異能の画家です。

 村上が称賛し引用する伊藤若冲も、円山応挙を正統とするならやはり伊藤若冲は異能と称せると思います。
 
 というよりも、正統の方は私に任せておけば良いのです。

 実は、村上隆自身が著書の『芸術闘争論』などでも話している通り、村上作品は欧米の白人であるギャラリストや購入アドバイザー、コレクターに受け入れられ評価されるように意図的に下手に出ている。つまり卑下しているのです。

村上隆 タイムボカン 写真
村上隆 タイムボカン

 例えば、原爆のキノコ雲を描いた『タイムボカン』にしても、本人が言っているように

 「日本人は原爆を落とされましたが、その後去勢され、原爆の悲劇もこんなアニメで可愛らしく描くような能天気になりました。

 でも、それは覇権国のアメリカが侵攻し、新たに植民地にする地域の新文化、つまり世界の新植民地の未来かもしれませんね。」

と意図的に制作しているのです。

 ある現代美術の有名なギャラリストがその事情をこう話してくれました。

「横田君、日本のローカルな文化・美術、例えば日本画や着物を欧米の白人にそのまま売ろうとしても受け入れてくれませんよ。

 ワンクッション置かないといけない。

 例えば、寿司だけれども、あれはね、カリフォルニア・ロールなどで寿司にマヨネーズを載せたんです。

 そして食べさせて見て、白人が美味しいと感じてくれた。

 それでアメリカの創作寿司にはまって、さんざん食べるようになった時に、ある日同席しているお客として来ていた日本人に

くら寿司 アメリカ限定メニュー Seared Scallop Japanese Mayo 
アメリカのくら寿司
マヨネーズ寿司

「これは日本の寿司ではないよ。」

 と言われる。

 それで、本当の寿司とはどういうものか?東京の名店に行って食べてみたいと思う。

 そうして食べてみてやっと本物の日本の寿司の味が分かるわけです。

 民族によって味覚は違うから。」

 とこういう事なのです。
 (写真はアメリカのくら寿司 ローカルメニュの人気No1 「Seared Scallop Japanese Mayo」)

しかし、村上隆のようにあそこまで、決して白人が不愉快にならないように忖度して高評価を得ることに徹するということは普通はできないですよね。

 日本人としてのプライドが許さないから。

 山本豊津さんが、以前私に

 「横田君は事業でプログラミングスクールを経営していて、それで生計を立てられている。だから作品が甘いのだよ。

  村上君とはこの前も何時間かじっくり話をしたが、村上君には絵しかないよね。

  だから、何としても絵で生計を立てなければ生きていけない、そうであるなら自分がこの時代のこの場所に生きた証として何が何でも美術史に名を残したたい。

  そのためなら、明日パタッと死んでもいいと思っている。

  君と村上隆の差はそのたぎるような情熱があるかどうかだけだ!(怒)」

 と私に真っ赤に怒って話されましたが、まさに村上隆はそうしなければ受け入れられなかったからそうしたのであって、私はそれで村上隆が非難を受ける言われはひとつもないと思います。

怪々奇々

 村上隆氏が創立した会社の名前はカイカイキキといいます。

 ネットで調べてみると、この社名はやはり日本最初の本美術史の本、『本朝画史』の次の一文から取ったようです。

 本朝画史は京狩野二代目・狩野山雪とその子・永納によってまとめられましたが、その中で国宝《檜図屏風》を制作した戦国時代の織田信長や羽柴秀吉ご用達の絵師狩野永徳について

恠恠奇奇(怪々奇々)、自ずから前輩不伝の妙を得て、もって一時に独歩す」と評しています。

 この恠恠奇奇が社名となったのです。

 では、この文の意味はどういうものでしょうか?

 恠恠奇奇は奇想天外という意味ですね

 奇想の系譜 表紙写真今まで誰も思いつかなかった、驚きの斬新なアイデアの作品であるという意味です。

 その後の「自ずから前輩不伝の妙を得て、もって一時に独歩す。」は、「後進の絵師が継承しようにも継承できない能力であり、空前絶後で一時代に輝いている。」

という意味だそうです

 村上隆が広く知られるようになったきっかけが、自ら企画・プロデュースして L. A. MOCA(ロサンゼルス現代美術館)に開催を持ち掛け開催した『スーパーフラット展』です。

 スーパーフラット論の中核となった思想が、「それまで日本美術の傍流とみなされて来た江戸時代の『伊藤若冲や曾我蕭白(そがしょうはく)』が実は彼らこそが本流と見なされるべきではないか?」

という主張です。

 そして、その下地になった思想が美術史学者、辻惟雄が書いた『奇想の系譜』でしょう。

 奇想には本流にはない魅力・面白さ・魅力があるという思想ですね。

 これらの一連の出来事から、それまであまり人気が無く高値がつかなかった若冲は、回顧展に若者が長蛇の列をなすなど一大ブームが起き作品価格も高まりました。

 先にも話ましたが、村上隆自身、海洋堂の創始者で村上隆のフィギア作品を制作した宮脇修が評したように、村上隆は『異形・異能・異才の画家』ですので、彼自身江戸狩野派などの本流よりも奇想の画家達にシンパシー(親しみ)を感じたことでしょう。
 
 それがスーパーフラット思想を形作るに強く影響したと思います。
 

奇想の画家達から生まれた自由な曲線

 

伊藤若冲 鳥獣花木図屏風
伊藤若冲 鳥獣花木図屏風
村上隆が欧米で高く評価されたのは、それまで埋もれていた『奇想の系譜』をアート界に大々的に取り入れただけではありません。

 奇想を踏まえて、金田伊功などを日本を代表するアニメ作家も参考にして、自由でオリジナリティを強く感じさせる半抽象的な曲線で描くことに成功し、

緻密な構成でモチーフを大画面に描き切ったことが大きいと思います。

 この抽象的かつ具象的な線の創出という課題は、明治時代の竹内栖鳳が率いた京都画壇の画家達ももがき苦しみましたが、京都画壇がその解決のヒントを求めたのがオディロン・ルドンでした。

 これは実際、制作してみると分かりますが、村上隆の作品のような半抽象的な線を作り出し描くことは並大抵のことではありません。

 自分なりの線を作り出す制作理論が確立されていないと、何をどう描いてよいのか途方に暮れるばかりです。

 こんな画家はそれまで存在していなかったし、これは奈良美智にも言えることです。

 しかも、作品の色彩には日本画の色彩も利用されていると感じます。
 これらのことも、高い評価を得た理由でしょう。

村上作品をアニメ作品として観た評価

  村上隆氏自身が語っていますが、村上作品は日本ではほとんど売れないそうです。

 「日本では全く売れなくなりました、高くなりすぎちゃって。でも、別に日本のアートリーグでプレーしても評価が上がることはないし。

 大リーグでプレーして、今年も年俸もらえるかな、という感じでやってきたので。金を外国から持ってきて、日本に納税してるわけです。日本人に買ってもらうことは、98%ないですね」

 「生前は雑音。評価は僕が死ぬまで分からない」――現代美術家・村上隆が語る創作とお金、より。

  これは良く言われることですが、日本はアニメの国です。アニメ発祥の国です。

  ですから寿司や天ぷら同様『眼が肥えている』わけです。

  先にも話ましたが、そのアニメオタクからすると、「これはアニメをパロディにした低品質の作品」と見える訳です。

 そこで、いつも押し問答になってきたのですね。

 アニメファン「村上作品は何も良いとは思えない。」
 村上隆「そう言うんだら俺みたいに世界のアートサーキットでやってみろ。お前は成功できるのか?それから発言して。」

 先にもいいましたが、実際に描こうとするととんでもなく難かしい。

 さらに、アートの世界で評価を得る事はさらにとんでもなく難かしい。

 批判するのと一人修羅場で闘うのとでは天地ほどの差があるのです。

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