パステル作品 『アポロンの馬車 2026年 理想的な物事の有り様』2026年1月20日 また新作が完成しました。 題名は『アポロンの馬車 2026年 理想的な物事の有り様』 世界美術史上初めて『抽象フォルムを創り出す体系的な理論』を確立して制作した作品! 

本年もどうぞよろしくお願いいたします。

札幌は例年に比べ、地球温暖化の影響で気温が高めですが、雪はそれなりに積もっています。

ただし、ひとたび降り始めると暴風雪となり、市街地であっても車の運転中にホワイトアウトが発生し、前も後ろも見えなくなるため、非常に運転しにくい状況になります。

これもまた、異常気象の一つなのでしょう。

さて、新作が完成しました。

いつものサイズ(全判 1091mm×788mm)で、マーメイド紙にソフトパステル+色鉛筆を用いて描きました。

題名は『アポロンの馬車 2026年 理想的な物事の在り様』。

ご覧いただければお分かりのとおり、ほぼ「抽象画」と言ってよい作品です。

世界美術史上初めて『抽象フォルムを創り出す体系的な理論』を確立して制作した作品!

オディロン・ルドン作 フォンフロワド修道院壁画「昼」

ギリシャ神話の太陽神アポロンを主題とした絵画は、オディロン・ルドンがパステルやテンペラで数多く制作しており、また当代一の音楽的色彩を奏でた色彩画家(カラリスト)であるウジェーヌ・ドラクロワも、《大蛇ピュトンを倒すアポロン》を制作しています。この作品は、ルーヴル美術館の天井画として知られています。
オディロン・ルドン作 フォンフロワド修道院壁画「昼」特にルドンは、1910年にフォンフロワド修道院に滞在し、アポロンの四頭立ての馬車が描かれた代表作である壁画『昼』を制作しました

ルドンはまた、アポロンの息子が、無謀にも四頭立ての馬車を、いわば無免許運転のように操り、途中で制御不能となって墜落死する神話「パエトーン」 も描いています。

父アポロンでさえ制御が極めて難しい四頭立て馬車の操縦と、操縦未熟なパエトーンの墜落死は、昼と夜、光と闇のように、対をなす関係として描かれています。

大学時代に、抽象画のパイオニアであるW・カンディンスキーとパウル・クレーを知りました。
特にカンディンスキーは、私が目標とし、最も敬愛する画家ですが、抽象画そのものは、大学時代に1枚、そして約35年前に2枚描いたきりでした。

抽象画を描けなかった理由の一つは、『抽象のフォルムと音楽の関係』が理解できていなかったことにあります。

当時は、具体的で実在する人間や生き物を描いたほうが、より明確で強い意味を表現するのに適していると考えていました。それも理由の一つでしょう。

他にも理由はいくつかありますが。

確信と必然性を持って、抽象フォルムと色彩、テクスチャー(絵肌)を作っているか!

世の中には、歴史的に見ても、無数の抽象画家が存在します。

しかし、カンディンスキーやクレーは別として、確信を持ち、必然性をもって、
「このフォルムは、この理論によって必然的にこの形、この色彩、このテクスチャーになっている」
と説明しながら描いている画家は、ほぼ皆無ではないでしょうか。

多くの場合、『何となく』『感覚的に』抽象画が描かれています。

そのため、本人に作品の価値を尋ねても、『私は今、非常に良い仕事をしていることを確信している』などと言いますが、本当に価値があるかどうかは、本人自身にも分かっていないのではないかと感じることがあります。

抽象画を音楽と結びつけて制作している人も多いでしょう。しかし、どのような関係性にあり、音楽理論の何を使用して描いているのかを明確に説明できる人は、ほとんどいません。

なぜなら、『何となく、こうなのではないか?』という感覚に頼っているからです。

以前、日本アート教育振興会(JEARA)主催の、武蔵野美術大学の外国人講師による『絵画と音楽の関係』をテーマにしたWEBセミナーを受講したことがあります

そこでは、モネの絵を見て作曲するという試みが行われていましたが、「なぜその曲になったのですか?」と質問すると、「受けた印象です!」という答えでした

私は、「それでは必然性も確信もありませんよね。私は、絵画を音楽へ翻訳する物理法則を発見し、それを制作に用いています」と述べましたが、返ってきたのは「それは深いですねえ」という感想だけで、それ以上の驚きや問題意識は感じられませんでした

では、この作品は確信と必然性を持って、理論にしたがって制作しているのか?
当然、そう思われるでしょう。

私の答えは、「もちろん、その通りです」というものです。

画面のどの部分――構成要素となっている図形や色彩のすべてについて、ここは必然的に、この形、このフォルム、この色でなければならないから、こう描いている、と明確に言えます。

何だか、カンディンスキーのようになってきましたね。

内的必然性の原理。

絵画は、必然性を持たなければなりません。

自分自身で確固たる理由を持ち、説明できない作品に、果たして価値はあるのでしょうか。

『何となく』『感覚的に』制作していくのは、霧の中で制作するようなもので、健全とは言えません。

カンディンスキーの抽象画の各フォルムが、どのように作られたかを説明できますか?
抽象画を制作している皆さんは、カンディンスキーの抽象画における各フォルムが、どのような理由でその形になっているのか説明できるでしょうか。

カンディンスキーは著書の中で、「長年の陶冶(努力)によって、私は適切な抽象的フォルムを選び、作り出すことができるようになった」と述べています。

彼の作品のフォルムは、多くの場合、現実に存在するもの――タツノオトシゴ、ミジンコ、子宮、精子など――を参照していることは間違いないでしょう。

ただし、私自身も、すべてを完全に説明できるわけではありません。

だからこそ、『感覚的に』ではなく、自ら発見した理論によって、必然的なフォルムと色彩をいかに描くかを追究してきました。

抽象である以上、花や馬といった具体的フォルムではなく、抽象フォルムのほうが、鑑賞者の感覚に与える視覚的効果が高く、表現力も強力でなければ意味がありません。

この『抽象フォルムを創り出す体系的な理論』を、私は美術史上で初めて明確に確立したと確信しています。

それは本当に困難で、まさに前人未踏の試みでした。

その確立に、結果として45年かかってしまった、ということですねえ。

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